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「がんと闘う」筑紫哲也さんに聞く 毎日新聞 

 肺がんであることを自分の番組で告白したニュースキャスター筑紫哲也(71)氏が27日の毎日新聞のインタビューに登場していました。


 筑紫さんは一日三箱以上吸うというヘビースモーカーとして知られていました。
 好きな銘柄は「ハイライト」と「マールボロの赤」。

 同じくタバコが止められないわたし自身にとっても大先輩の筑紫さんの動向は気になります。肺ガン=たばこというイメージが定着しているだけに、筑紫さんの罹患を聞き「やっぱり」と思ったのは私だけではないでしょう。

 さすがに氏は病後、たばこを止めたそうです。

 インタビューでは「たばこ」を巡ってのやりとりが面白い。

 
 困ることが出てきた。大好きなマージャンと原稿書き。
 「一服できないと、全然面白くない」。
 (中略)

 「長生きには、吸わないのがいいのか、吸うのがいいのか、議論のあるところでね。たばこで死ぬ人も、糖尿など食い過ぎで死ぬ人もいる。もう一つは、たばこや食に急ブレーキかけて、そのストレスで死ぬ人。屁(へ)理屈だけど」

 論は勢いを増す。「百害あって一利なしと言うけど、文化は悪徳が高い分、深い。人類が発明した偉大な文化であり、たばこの代わりはありませんよ。これを知らずに人生を終わる人を思うと、何とものっぺらぼうで、気の毒な気がしますね」

 でも、そんな文化がんをもたらした、と向けると、「そうとも言えない」と首を振る。「肺がんに直結しているようだけど、たばこは引き金で、本当の原因はストレスなんです」
 たばこが原因だとは今でも思っていないのだ。




 典型的な「たばこ文化」論者なんですね。筑紫さんは。

 わたし自身も原稿書きの際、やはりたばこがあるのとないのとでは
筆の進み具合(実際はPCですが)が断然違うと感じる。忙しいほどたばこの量が増えるというのは数少なくなった同業の愛煙家の皆さんは共感して貰えるのではないでしょうか。

 「自分はがんにはならない、という根拠のない自信があった」と周囲に語っていた筑紫さんですが、今回の闘病のきっかけになったのは年に一度欠かさず受けていた人間ドック。そこで初期のがんが見つかったのです。

 肺がんは早期発見が難しいといわれますが、筑紫さんが受けたのは「PET検査」と呼ばれる陽電子放射断層撮影による診断法。がん細胞は正常細胞に比べてブドウ糖を3― 8倍取り込むという特性を利用したものです。

 検査は簡単で、撮影前に「FDG」と呼ばれる陽電子を放出する放射能が付いた擬似ブドウ糖を注静脈射。1時間後、体内に注入された薬剤ががん細胞に集まり、これをPETカメラで撮影するというしくみです。


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体外離脱を経験? 

 [ボストン 31日 ロイター] 耳鳴り治療のために脳内に電極を埋め込まれた男性患者(63)が、その影響で体外離脱を経験していたことが分かった。

 ベルギーのアントワープ大の研究者らが31日、学術誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に論文を発表した。
 電極に刺激を与えたところ、この患者は15秒間と21秒間の2回にわたって自分が体外に離脱したような感覚を覚え、医者がCTスキャンによって脳内のどの部分が活発になっているかを調べたという。
 心停止から生還した人などから報告される体外離脱の感覚について、一部の人は死後の世界がある証拠だと論じている。一方、科学者の多くはその見方に懐疑的で、脳が錯覚を起こさせる現象だと指摘している。
 アントワープ大の研究者らは、患者の耳鳴り治療に脳内電極を試していたが、その成果は上がらなかった。その代わり、患者は自分の肉体から50センチほど後ろに離れ、左側に行く感覚を経験したという。


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BOOK REVIEW:「新聞社~破綻したビジネスモデル」  

 猛暑のなかで「避暑」に訪れた赤坂のファミリーレストランの店内でひもといたのは、業界でことし一番の話題の本、新潮新書の『新聞社破綻したビジネスモデル』(河内 孝著)でした。

物事を伝えることで世の中の人のためになるよう、力を尽くす 

物事を伝えることで世の中の人のためになるよう、力を尽くします


 同じジャーナリズム現場にいる者として、心にしみる言葉です。

 記者2人が殺傷された1987年の朝日新聞阪神支局襲撃事件から、3日で丸20年を迎えました。犠牲となった小尻知博記者=当時29=を追悼する拝礼所が設けられた同支局には600人を超す人々が訪れて手を合わせたほか、広島県の小尻記者の実家では法要が営まれ、冥福を祈ったそうです。

 冒頭の言葉は小尻記者の遺児、当時二歳だった美樹さんのものです。

 彼女は今春、大阪のテレビ局へ入社。20周忌にあたり、「2つの伝達手段は違いますが、『物事を伝えることで世の中の人のためになるよう、力を尽くす』という根源は同じだと思っています」と語っています。


 ジャーナリストのDNAは受け継がれました。
 美樹さんのこれからの健闘を祈ります。






 朝日阪神支局襲撃20年 長女「放送局入社しました、世の中に物事伝えます」 5月4日8時0分配信 産経新聞

 広島県呉市川尻町の小尻記者の実家ではこの日、妻の裕子さん(47)と一人娘の美樹さん(22)のほか、朝日新聞社の秋山耿太郎社長ら約40人が参列して法要が営まれ、小尻記者の遺影が飾られた仏前で静かに手を合わせた。

 事件当時、2歳だった美樹さんは今春、大阪のテレビ局に入社した。父の20回目の命日を前に、「楽しい学生生活をさせてくれたお礼と、放送局に入社したことを報告し、手を合わせて静かに話しかけてみようと思います」と心境を明らかにしていた。

 「私は新聞とは違う、テレビという媒体を選びました。2つの伝達手段は違いますが、『物事を伝えることで世の中の人のためになるよう、力を尽くす』という根源は同じだと思っています」

 事件については「父の無念がどういうものだったのか分からない。むしろ私は単に父と話しがしたい、会ってみたい、そういう思いの方が強い」ともコメントを明らかにした。
 妻の裕子さんは、「少しは事件を振り返る余裕ができた気がする」と、20年前の事件を振り返っているという。

 昨年、新築された阪神支局(兵庫県西宮市)内に設けられた事件の資料室を見学した。「記者として頑張っていた主人のことを、心にとどめておいてほしい」と願っているという。

 この20年間について、小尻さんの父親の信克さん(79)は「悔しい思いの集積です。この気持ちは何十年たっても変わらない」と話した。「体も弱ってきて車で通うようになった」と言いながらも、墓参は毎日欠かさないという。

 3日も法要前に、母親のみよ子さん(76)も含めた4人で墓へ参り、静かに手を合わせた。

 母親にとってのこの20年間はどのようなものだったのか。みよ子さんはコメントの代わりとして、息子・知博さんへの思いを題材にした俳句を報道機関に寄せた。



 雉一声 哀惜の念二十年

 ものの芽や 面影偲(しの)ぶ二十年




hiroshima





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